喫茶店の渋おじさまと、常連ちゃんに学ぶ「没入感を高める文章」

喫茶店の渋おじさまと、常連ちゃんに学ぶ「没入感を高める文章」

※これは第三回ナロラボ杯におけるナロラボ賞の小説紹介になります。

皆さんこんにちは!

今回は「第三回ナロラボ杯」の参加作品
 道草家守 さんの「喫茶店の渋おじさまと、常連ちゃんを参考に、
短編小説における「より現実感を感じられる文章の書き方」について書きたいと思います。
(以下、喫茶店で紹介を統一)

管理人が自分の小説の勉強になるように記事を書きました!
 ※この記事は「喫茶店の渋おじさまと、常連ちゃん」のネタバレを含むものになりますので、ネタバレが嫌な方は先に小説を読むことを推奨します!

今回のポイント

私が個人的に注目した「喫茶店」のポイントは、「細かい小道具の使い方」と「味覚表現」です!
結果発表ページの感想欄でも述べましたが、「喫茶店」はキャラクター、そして世界観を表現するための小道具の置き方がとても工夫されている作品だと思います。

この作品は「世界を救う」わけでもなければ、「人生がかかった手に汗握るような局面」を描く話でもありませんし、「巧妙に練られた設定」や「華麗な伏線回収」などで読者をうならせるような作品ではありません。

しかし、それでも書籍化作家を含めた四人のレビュアーから高い得点を獲得することができたのは「絶妙な言葉のチョイス」によって物語への没入感を高める技術が優れていたからだと、私は思っています。

うじうじ説明しても始まらないので、さっそく文章を一文目から読んでいきましょう!

冒頭

繁華な店の並ぶ町並みを、少女は足早に歩いていた。
お気に入りのワンピースの裾をせわしなく揺らし、目深にかぶったつばの広い帽子の下には、むっつりと引き結ばれた顔が覗く。

彼女の小さな足が向かったのは、繁華な表通りから路地を一つ入った先にある、一軒の喫茶店だった。
一軒家を丸ごと改装したそこは、小さな看板が一つ掲げてあるきりで、小学校に上がったばかりの少女が一人で入るには多分に勇気がいる場所だろう。
だが少女は頓着した様子もなく、彼女には重い木製の扉を全身を使って開けた。

序盤から視覚描写を多用しているため、非常に読みやすい冒頭ですね!
小さな女の子が、喫茶店の大きな扉を、頑張って開けている映像が頭に浮かんで、微笑ましい気持ちになります。

個人的に注目したいのはこの一文。

一軒家を丸ごと改装したそこは、小さな看板が一つ掲げてあるきりで、小学校に上がったばかりの少女が一人で入るには多分に勇気がいる場所だろう。

この文章が入った瞬間に、世界観が一気に具体化します。

視覚描写が連続しているところに「小学校に入ったばかりの少女が」と入ることによる効果は二つです。

1.カメラの中に入っている少女の年齢の特定
2.舞台が「現代(特に現代日本に近しい世界観)」であることの説明

 前回の記事でも述べましたが、短編小説を書くことの難しさは

 ・視覚・状況描写
 ・物語の進行
 ・キャラクターの掘り下げ
 ・世界観や設定の説明

を文字数制限がある中で同時進行にやらなきゃいけないところにあると、僕は考えています。

特に「世界観説明パート」と「キャラクター掘り下げパート」、「周囲の状況説明パート」が個別で分かれている作品は読者によっては「長い!!何のための描写なのかバレバレ!」と感じさせてしまうため、1つの表現で複数の役割をこなす文章をいかに使うかは創作者が悩むポイントだと思います。

 

「喫茶店」に話を戻すと、ここで「小学校」という単語を使った瞬間に、少女の年齢を自然なタイミングで読者に伝えることに成功し、詳しく描写されていなかった「繁華な店の並ぶ町並み」の風景が読者の脳内で一気に具体化されます。

 

読者の頭の中に「現代日本的なお店が立ち並ぶ中に、一軒家を丸ごと改装した良い感じの喫茶店」が出現し、最低限の文字数で視覚描写と世界観の説明、加えてキャラクターのプロフィールを同時に解説してしまうというむちゃくちゃ高度なことをこなしているのです。上手ですよねー。

他にも

お気に入りのワンピースの裾をせわしなく揺らし、目深にかぶったつばの広い帽子の下には、むっつりと引き結ばれた顔が覗く。

 みたいな素敵な文章があるんですけど、全部解説してたら終わらないので冒頭の解説はこんなところにしましょう!

背丈の小ささの表現

この小説はとにかく「小さくても大人ぶろうとする女の子」と「渋くてカッコいいおじさん」を小道具を使って何度も強調しています。

しかし、実はこの短編、少女のことを「背丈が小さい」と直接説明した文章は1つもありません。
にも関わらず、映像として「背丈が小さい女の子」を思い浮かびやすいのは、作者さんが「小さい」を表現する手段をとてもたくさん知っていて、あらゆる描写で差し込んでいるからです。

例えば、冒頭にありましたこの描写

彼女には重い木製の扉を全身を使って開けた。

次に「少女」がコーヒーを頼むシーンの文章

「ますたー。コーヒーをくださいな」

少女は頭にかぶった帽子を注意深く押さえつつ、カウンターの椅子に上って腰を落ち着ける。
スツールは当然のごとく少女にとっては背の高いもので、足が宙に浮くが、ここだと店主の手元がよく見えるため、少女のお気に入りだった。

扉をわざわざ「全身を使わないと開けられない」「足が宙に浮いてしまう」……背丈が小さいと直接書かなくても、読者に伝える方法を作者は教えてくれます。

いや、むしろ「具体的にどれくらい小さいのかが分かりやすい」このような表現の方が、より読者が小説に没入できるのではないかと思います。

味覚の文章表現

飲み物の味覚表現を比較してみましょう。

まずはコーヒーを飲むシーンから

花模様の華奢でかわいらしいコーヒーカップを楽しむ余裕もなく、こくりとつばをの見込んだ少女は、意を決してカップを取り上げる。

「いただきます」

慎重に傾ければ、コーヒーのかぐわしい香りが鼻腔をくすぐり、けれど舌に滑り込むのは、わずかな酸味とそれ以上の苦みだ。
熱い液体でやけどはしなかったものの、その苦みは少しもおいしいとは感じられなくて、覚悟していたはずなのに硬直する。

意を決して「苦手なコーヒーを飲むぞ!」という少女の気持ちを
「つばを飲み込んだ(文章では「の見込んだ」とありますが、たぶん誤字でしょう)」と書いて表現してから、ちびっ子には少し苦いコーヒーの味を書いています。

次にカフェオレを口にした時の文章表現

 白と茶色の二層に分かれて揺らめくグラスがきれいでもったいなかったが。
言われるがまま、ストローでぐるぐるとかき混ぜたあとに、おそるおそるストローで吸った。

きいんとくるような冷たさと共にやってきたのは、ミルクの柔らかさと甘さで、わずかに苦みとコーヒーの香りが抜けていく。

確かにコーヒーだ。コーヒーだけれど。
少女の顔が見る見るうちにほころんだ。

コーヒーの時と同じく、少女が飲むことを少し躊躇する描写を入れます。

違うのはその後の味覚表現。
同じシチュエーションで最初に感じるのが苦味ではなく「ミルクの柔らかさと甘さ」。
なんといってもすごいのが、カフェオレの苦味の表現が「わずかに苦みとコーヒーの香りが抜けていく」 。

さらっと書いてありますけど。「カフェオレの味を文章で表現してください」と言われて、僕はこんな文章絶対書けないですね笑

コーヒーをあまり楽しめなかったシーンがあるからこそ輝く文章なんですけど「確かにコーヒーだ」と少女が喜ぶ表現がかわいくてとても印象的でした。

少女の「コーヒーが飲めない=自分が喫茶店に通うに値しない幼い人間」という認識が
「カフェオレを飲む」シーンを経由して、
「自分はコーヒーが飲めなくても喫茶店に通っていい!=人と変わっている自分の肯定」
へと変わることを描く話の運び方が、とにかく綺麗ですよね。

なんというか「読みやすくて表現が豊富」な文章ってこういうことを言うんだろうなと勉強になりました!

まとめ

「喫茶店はコーヒーを飲むための場所ではない」、
「人は最初からそれらしく振る舞う必要はない」というメッセージ性のある良作
喫茶店の渋おじさまと、常連ちゃん」についてのレビューを終了します。

本当は文章量でストーリーのパートを三つに区切って、
・「少女の抱える問題が解決されるまでの過程
・「少女の意識の変化による成長
をどのように描いているか全体的な分析とかやりたかったんですけど、さすがにそこまでは自分の力では書けなかったですね笑 上手く説明するのが難しい!

とってもシンプルな話の構造で読みやすかったので、いつかはこのコーナーで短編の構造を
図解とかやってみたいです。まぁそれはまた別の小説の時にやろうかなと思います。

 最後まで読んで頂き、ありがとうございました!